墨成

編集後記(2024年7月)

▼『翠軒書簡集』は、主にご門下の方々の故翠軒先生からの書簡文を持ち寄って刊行されたもので、渋い翠布地のハードカバー。その製本を風呂敷包のように包んだ豪華本です。どんなにか門下生の方々に敬愛されていたかが解ります。翆心会会長の中川雨亭先生は「手紙にはよくその人が表れると云われますが、故師鈴木翠軒先生のお手紙は天衣無縫、融通無碍、それでいて簡にして要を得た破格の名文であり、その筆跡の絶妙さともども正に神品とも申すべきでありましょう」と著しています。

▼門下生の方々は作品を鑑賞するように判読し筆致を追い、心を高ぶらせたことでしょう。言葉は心の栄養とも言われます。格調の高い文面、温かな文字を追いながら高みに導かれる心地良さを抱いたことでしょう。高みに導かれる心地良さは書を学ぶ本質に触れることでもあります。

▼翠軒先生は小学校の国定手本執筆の依頼を受け、四十代に手本執筆に心血を注がれました。「寸松庵の仮名と良寛の仮名とをカクテルさせて創作してみた」と、古筆の美を手本に入れています。無垢な子供だからこそ美しい文字、格調の高い文字に触れさせたいと願いますが、神経衰弱に陥る程、全てを賭けて打込まれました。美しい文字は心の美しさに繋がり、密度の濃い線条を魂と共に文字に籠められたのです。

(神原藍)