墨成

編集後記(2023年5月)

▼桜の花びらが散り急ぎ、関東地方の桜シーズンも終わりのころ、「重要文化財の秘密」展を鑑賞しました。皇居のお濠を挟んで建つ東京国立近代美術館は開館七〇周年に当たり、重要文化財に指定された豪華な展覧会が催されました。日常の煩雑さに振り回されている私にとっては、明治以降の絵画・彫刻・工芸の歴史の篩(ふるい)にかけられた選りすぐりの芸術を、直に観る絶好の機会でした。

▼会場に入ると、いきなり四〇・七mの横山大観の〈生々流転〉があり、歩を進めれば、高村光雲の〈老猿〉が来観者を見据えています。岸田劉生の〈麗子微笑〉が微笑み、関根正二の〈信仰の悲しみ〉が訴えかけて来ます。どれもが創り手の哲学が内包され、想像力で造形を成しています。時代を切り拓いた芸術には形以上の精神の美がたたえられていました。

▼ふっと「美しいものを美しいと思えるあなたの心が美しい」と言った相田みつおの言葉が浮かんできました。これらの作品の持つ有形無形の美に、私はどれ程の理解ができているのだろうかと、もどかしく思いながら。

▼普遍な美を宿す芸術の奥の深さに畏敬し、時代を切り拓き幾度の災難にも通り抜けてきただろうこれらの芸術作品に感謝し、“人生は短しされど芸術は永し”と心を熱くしたのです。 (神原藍)。