墨成

編集後記(2021年11月)

▼国土が狭く、災害の多い日本では「人に迷惑をかけるな」と幼い時から言われて育つ。誰にも迷惑をかけないで生きてゆくことは難しいが、「騙されるな」或は「負けるな」と育てられる国もあるという。社会には光と影があり善意と悪意が混在しているから、見極める眼は必要だが、どの言葉も他人の目を意識している。他と比べて生きるほど、窮屈なものはない。

▼逆に、世の中の光や人の善意を見なければ、人の好意や善意にも目を瞑(つむ)ってしまうことになりはしないだろうか。世の中の現象を疑心暗鬼の眼で見れば、悪や闇に気を取られ、暗く悲しいことに足を取られかねない。心ある人は自分の利益のみで生きているのではなく、自分の美学や生き方に誠実であろうとし、渾身の力で生きている。人との信頼関係を大事にしている。信頼関係は人と人との根っこにある。

▼そのためには真善美なものに触れることだと思う。それは文化にあり、科学であり、医学であり、芸術であり、スポーツであると信じている。かつて、書を志そうと決心した時、他人の作品よりも自然の美しさや古典を観察しろと指摘された。他人の作品を真似るよりも自分の内なるものを耕せとの指標であった。

▼「美なるものをつくって人の心にさざ波を立てろ。迷惑をかけろ。泣く程感動させろ」なんて、キザですね。(神原藍)