墨成

編集後記(2020年11月)

▼秋晴れの日。「外(と)にも出よ」と促される。澄んだ空気、高い空には白い雲が浮かんでいる。まるで二〇二〇年が何事もなかったかのように。世界中が抗う事も出来ず、コロナや自然災害に翻弄されてきた。「おお~い雲よ 知っていたかい。」

▼コロナ禍をどう過ごし、どう乗り越え、どのような糧を得たのか。個々人の価値観が明確にさらされ、自分自身の問題として考えなければならなかったこの一年でした。誰にでも来る老いと必ずやって来る死にどう向き合うか、今をどう生きるかと。

▼「翔」(表4作品)を、ほぼ全紙の大きさに書かれた小濱和子新同人は横浜の大倉山で教室を主宰されています。「翔」は鳥が羽をひろげて緩く飛びめぐる意。作品は緩急を交えた運筆で飛翔する鳥を彷彿させ、アンバランスの「羽」、墨量の粗と密、勢いをつけた終筆が相乗効果をあげて文字に命を吹き込んでいます。鶴は上昇気流に乗ってヒマラヤ山脈を越えるそうですが、今回の機会をご自身の飛翔する姿に重ね合わせ、作品に昇華されました。

▼「人は時代を生きるだけではなく、歴史の中に身を置いている。歴史は自分に何を託しているかを確認しておくことだ」上昇気流に乗りおくれたと燻(くすぶ)っていた私自身も、コロナによってその“何”を漸く見つけることが出来ました。書人としての役割です。(神原藍)