墨成

編集後記(2020年9月)

▼ “瞬間湯沸かし器”と不名誉なアダナを、かつて家人からつけられていた。不甲斐ない自分自身に腹を立てていたのだろうか。恥ずかしい限りで今更他人の怒りをどうこう言える立場ではない。が、最近社会的な地位もあり尊敬されるべき人の激高している姿に接し、戸惑った。原因は何ですか、と問うてみたい気持ちになった。

▼約一四〇〇年前、空海は密教を普及させるべく、仏像を造らせた。穏やかな悟りに達した仏像ばかりではなく、怒髪天を衝くような怒りの仏像が何体も遺された。目は瞋目、額には筋があり、眉は吊り上がっている。この世に存在するのだろうかと思う程の形相の仏像に、怖いというよりも造形の妙に唯々見入ったことを覚えている。

▼【「瞋」・眞は顚て ん死しの人で、目にその怨念の情を含む。これを「瞋いかる」という。】(『字統』)瞋ることは解脱をさまたげる精神の毒、解脱とは苦悩から解放されて自由の境地に達することであるから、瞋りは自らを束縛し、悟りに達しない人間の未熟さを現しているのだそうだ。

▼しかし、コロナがあぶり出した、命の格差への世界中で起きた憤りは、人類が生存する上で当然の怒りのように思われる。人間は怒りが発生すると、やがて怒りを押さえる前頭葉も活発化するそうだが、正当な怒りは世の中の浄化作用でもあると思う。(神原藍)