墨成

編集後記(2019年11月)

▼書と文化に鈴木翠軒先生の手紙を掲載しました。私にとって翠軒先生は書においての御祖父様にあたります。書についてのあらゆることが、現在の私の基盤になっていて、先生に関する作品集や書物は常に身近に置いています。浪漫的で、海洋的な書。手紙そのものも芸術作品に思われます。穏やかな海をバックに笑顔の先生の写真の風貌は、書壇のみならず、世の中を俯瞰している風にも見えます。

▼当時はパソコンはなく、人が書く文字は実用的に正しく、整っていることが条件でしたが、翠軒先生は書に哲学と芸術を追究しました。古典文学にも造詣が深く、教養と品性の豊かな芸術家でした。

▼先生の文章も無邪気で面白く、一条摂政集についてはこう述べています。「筆者は筆を思う存分ヤッテヤッテヤリマクッテあるが、横の線も縦の線も鋒は蔵されている。これは余程の腕の人だ」と。線質は書人の知性や美感に委ねられますが、筆鋒を線状の中心に置くことを強調しています。

▼穏やかな海も今年の台風では大荒れでした。近来、地球温暖化で海水の温度が上がり、大型の台風が頻発すると科学者は警告しています。かつて神を畏怖するばかりの災害は、現在、地球規模の課題となっています。

▼されど、芸術は永し。翠軒書には畏怖とは異なる、畏敬の念が深まるばかりです。

(神原藍)