墨成

編集後記(2019年5月)

▼新しい年号「令和」に沸いている。レイワの澄んだ響きも美しい。新しい時代が始まるという高揚感と共に、万葉集からの出典というインパクトもある。梅花の歌は浪漫あふれる美しい日本を想像させる。しかし、この時代は本当に美しい時代だっただろうか。

▼三世紀に亘る万葉の時代は、律令国家の建設から爛熟にいたる変化の時代であった。疫病がはやり、天変地異が起きた。半面、中国から渡ってきた漢字の音を借りて万葉仮名が創られた日本文化の黎明期でもある。

▼万葉の歌は現代文学の和歌とは違い、神々への祈りであった。古代人にとって歌は鎮魂であり信仰の行為であった。「外からやってくる魂(たま)なるものがあって、これが身体に密着すると、威力、活力の根元になると考えた。密着した魂を遊離しない様に抑えつけるのが魂しづめで、その唱え言が“うた”であった」と折口信夫博士は説いている。

▼遠くで仰ぎ見る富士山は美しい。かつて富士山に登ったことがあるが、地表は石や砂に覆われていた。万葉の時代も現代から離れているから美しく見える。しかし、柿本人麻呂は「出雲の子の黒髪が吉野の川に流されている」という歌を詠んでいる。古代から自然災害の多い日本、人々は悲しみや虚しさと向き合ってきたことが解る。平和を願い、美しい日本でありたいという念いが、始まったばかりの「令和」に込められているに違いない。

(神原藍)