墨成

編集後記(2022年12月)

▼平成三年に放送されたNHK大河ドラマ「太平記」ビデオ全巻を、御縁があって足利尊氏公の御子孫から頒けて頂いた。鎌倉幕府から室町幕府へと移行する戦乱期を描いたものだ。一条摂政集のような古筆が生き永らえてきた戦乱の世に関心があった。戦乱の世を、人々はどのようにして文化を受け継いでいたのだろうか。

▼ドラマは単なる権力争いの話ではなく、混沌とした時代の息吹が感じられた。人々の生活があり、熱い情念があった。文化は脈々と人々の間で受け継がれていた。「一条へ写本を返しに参ります」と尊氏の妻登子のセリフがあった。

▼俳優の名演技にも感心した。各々の役者がそれぞれの役に成りきっている。原作となった吉川英治著『私本太平記』は人物像を細やかに描写している。心は尊氏に傾く。「美しいもの、大きなものを見たい」と、若く葛藤を抱える尊氏。「美しいものだけでは動かせぬ」と、尊氏の父貞氏は諭す。

▼小春日和、青梅の吉川英治記念館を訪れた。養蚕農家の古民家を英治が購入し改良したものだ。御岳山の麓の記念館は、訪れる者を包んでくれた。貴族が読み書きした流麗な仮名の線を、21世紀に生きる私達が追える幸せ。現代の映像の素晴らしさ。先人の知恵と美学を現在と未来に生きる者へ伝えるべく、賢人・吉川英治は身を削っていた。(神原藍)