墨成

編集後記(2022年7月)

▼前期昇段級試験の力作を拝見して、筆で文字を書くことの「たのしさ」をひしひしと感じました。紙にやわらかい筆で文字を書く、筆を持っている間は本当に「楽しい」。それは書いた自分の今の気持ちを映してくれるように思えるから。やがて書き終えた後にしんしんと心に満ちてくるものは、達成感や充実感。書の「愉しさ」が漲ってきます。

▼白川静先生の『字通』には「楽」の成り立ちをこう解明しています。シャーマン(祈祷師)が鈴を鳴らして神を呼び、病を治したことから出来た文字。「愉」は、病を得た身体から膿を手術で切り取って盤に移しとる事から出来た文字で、「癒」の初めは「𤻲」。「愉」は「楽」の後に出来た文字であることが分かります。

▼『ヨハネ伝福音書』には「はじめにことばがあった。ことばは神とともにあり、ことばは神であった」。白川先生はこれにつづいて「次に文字があった。文字は神とともにあり、文字は神であった」。医学が発達している現代で祈祷師が病気を治すことを信じる人はいないでしょうが、古代ではあらゆる現象が神への畏敬と繋がっていたのでしょう。

▼科学的に明らかにされている現代、そして自分自身を不可解なことと思う時、文字を書いて自分の心の中を見つめることは、甲骨文字を刻んだ古代人と通じるものがあるように思えます。(神原藍)