墨成

編集後記(2025年1月)

▼新しい年が明けました。年が変わっても、世界中の分断は変わらずに深まり、憎しみの連鎖も続いてゆくように思われます。その中でウクライナのキーウ・クラシック・バレエ団の『くるみ割り人形』の鑑賞の機会を得ました。美を宿す芸術には普遍性があるようです。

▼映像では見たことはあるものの、劇場の舞台を鑑賞する初めての経験でした。バレリーナの繊細さ、しなやかさ、飛んで走って跳躍をして足腰を駆使する強靭な技術。舞台がそのまま絵画の画面となる異次元の美しい世界を創りあげた人々の想像力にクラクラするばかりでした。

▼爆撃で都市が破壊され大切な人の死に遭い、水や電気の使えない中でも美を求める人間の心は普遍的なもの。美を追究する人は真実や善悪を嗅ぎ取る感覚も敏感になるのではないかと思えました。日常を越えて生きる力を与えるものは、一瞬であっても美意識ではないかと考えます。

▼表紙課題は空海の『三十帖策子』を学びます。これは空海が在唐中(804~806)に密教の経論・真言などの秘籍を書写したものです。橘逸勢も書写を手伝ったと言われ三十帖全てを空海が書写したものではありませんが、真蹟と思われる部分は筆力があります。「一切有情」はこの世に生きとし生けるもの全てが平等に、と時機を得ています。

(神原藍)