墨成

編集後記(2025年7月)

▼上田桑鳩は鄭道昭の書に根底から突き動かされた書家である。鄭書は約千四百年後、多感な画家志望の青年の心を鷲掴みにした。桑鳩は鄭道昭の書に出合った感動を次のように述べている。「無限に広がる大地を見おろし、高く天空を仰いで、天地自然の悠久を観じ、そこから湧いてくる生命力的な感動を、のうのうと書きつけた。字の形も、懐が大きくゆったりしていながら、骨格がしっかりしており、全体を引きしめている。私が書に生涯をかけようと決心して家を飛び出したのは、これを見てからです」と。

▼純粋で猛烈な桑鳩の書学態度は、論考にも自らの作品にも結び付けた。天来師入門後、十年を経て発刊した『臨書研究』『臨書大監』は、書学の根本の臨書態度についての研究書。臨書姿勢には、写実的、浪漫的、象徴的態度があるという。書の表現に新しい可能性を探ろうとする高い意識の論である。

▼歴史に生きてきた古典は、今なお不変であるが、臨書する人間の心の在りようで文字は変化する。古典の観方によって臨書は異なる。一人の人間の有為転変によっても感動の泉が違ってくる。新しい可能性を秘めている。本誌掲載の二作品は臨書から得た美感を更に高めた作品であると思う。

▼桑鳩は純粋に創造的人間なのだろう。やがて彼は前衛書を試み現代書の魁となり、歴史に刻まれた書家として揺るぎない地位を築いている。

(神原藍)