墨成

編集後記(2021年1月)

▼明けましておめでとうございます。今年こそ穏やかな年になりますようにお祈り申し上げます。祈るしかないような気持ちは、神様にお願いするということよりも、大自然や見えないものに対する畏怖を取り除きたい、精神を集中させて身を委ねたいという心境でしょうか。

▼今年の表紙課題は『伊都内親王願文』を臨書します。橘逸勢は橘秀才と呼ばれ、空海・嵯峨天皇と共に三筆と称えられています。しかしこの書が橘逸勢が書いたという確証はなく、三筆の他の能書家が書いたものであろうと伝えられています。唐の新しい気風が表れていて、用筆に変化が多く、飛動変化の妙を尽くしています。現在は御物(皇室の私有品)です。

▼内容は伊都内親王の母・藤原平子の遺言によって墾田、荘園、畠を、藤原氏の氏寺である興福寺に香灯読経料として寄進したときの願文です。楮紙(こうぞがみ)に格調の高い行書で書かれていて、内親王の小さな手形も見え何とも愛おしい限りです。願文は当時の唐風文化を濃密に映しているのではないでしょうか。

▼その後、唐風文化は遣唐使の廃止により国風化へと熟成されてゆきます。国風化は日本文化の礎となりますが、礎の中心人物となったのは在原業平です。その業平の生母こそ伊都内親王です。何時の時代でも文化は激動の中で育まれているようです。(神原藍)